(早く来い……。)
朦朧とする意識の中、ジーナは呪詛のようにそう唱え続けた。荒い息を弾ませ、歯を食いしばる。傷は背中や肩、手足にも及んでいた。少し血を流しすぎてしまった。このままでは最後の敵を拝むことなく、闇の中に意識を落としてしまうだろう。
その時、ようやく壁から塊が分離し、ふわりと何かが歩み出てきた。
それはまるで神のような姿をしていた。
滑らかな白衣に包まれた身体は、金色の光をまとっている。長い白髪をたなびかせ、額には枝葉で作られた冠がはめられており、しわ一つない顔は不思議と老人を思わせた。
その人物は底まで見通すような深い青色の目で、じっとジーナを見つめた。
ジーナは一声叫ぶと、最後の力を振り絞って刃を白い衣の懐に突き入れた。
はずだった。
「ごふっ…!」
鳩尾の激痛と共に目の前が暗くなり、ジーナは膝から崩れ落ちた。剣が手から離れて、ガランと音を立てて青い床を転がる。何が起こったのかわからなかった。ただ、自分の鳩尾から固い木の杖の先が引き抜かれるのが、ぼんやりと見えた。
(やばい、な……。)
虚ろな目で見上げると、白髪の人物は杖をさらに振りかぶり、ジーナの頭に振り下ろすところだった。
ジーナは目を閉じることをしなかった。この負けを自分への戒めとして、しっかりと瞼の裏に刻んでおこうと思ったのだ。
(魔力がなくなるだけでこうも弱くなるとは。修行が足りなかったな……。)
自嘲気味に笑った瞬間、頭にがん、と重い衝撃が来て、目の前に星が散った。ジーナはどさっと青い床に倒れ、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして、消えかかる意識の中、最後に懐かしい「誰か」の声を聞いた気がした。
* * *
バシッという小気味よい音と共に、ハントは顔を右へ向けた。
左頬を殴った人物の方へゆっくりと顔を戻すと、そこには歪んだ笑みを刻んだ長身の男−−覇王が立っていた。
「……お前達は恐ろしく強靭な肉体をしているからな。この程度では効かないだろう。」
剣の柄を軽く振りながら、覇王は吐き捨てるような口調で言った。ハントは嫌味に見えない程度の笑みを顔に貼り付け、「ごもっともで」と答える。
そこはコルニア城の中でも上階に位置している、覇王の執務室だった。
シンプルな部屋は広く、物がないためがらんとして見える。