即座に殺気へ反応した半次郎は、躊躇なく攻撃を仕掛けた。
振り下ろされた剣先でオーヴが弾け、衝撃が真空をうみ、地を切り裂きながら殺気の主を急襲する。
不敵な笑みをうかべる黒装束姿のその男は、衝撃波など意に介していないかの如く半次郎達へと歩み続けていた。
そして衝撃波は男の身体を突き抜け、後方の大樹を薙ぎ倒して消滅した。
半次郎とノアには、衝撃波が男を切り裂いたように見えた。
だが、男の歩みは止まらない。
どういう術を使ったのか、ノアほど達人にすら特定できなかった。
だが、事実としてこの男は、半次郎の攻撃をかわしていた。
ノアは既に剣を抜き、臨戦体勢にはいっていた。
相手はまだ、腰の後に装備した二尺弱の双刀を抜いていない。
この男は危険であると、ノアは感じていた。
敵の気配に気付かず、ここまで接近をゆるしたことは、彼女の記憶にはないのである。
「……雇い主からの指示なんでね、悪いけどそのシャンバラへの路は閉じさせないよ」
飄々と語る黒装束の男。
その内容から、男が信玄の手の者であることは明白だった。
ノアが第一級の臨戦体勢にある中、半次郎は静かに前へと歩みでた。
「下がれ半次郎。
この男は、オマエが太刀打ちできる相手ではない」
ノアは男の力量を的確に見抜いていた。
オーヴ使いとしての実力はおそらく彼女と同格であり、なによりも重視したのがその属性であった。
周囲と同化し、支配しながら進む男のオーヴは、まぎれなく半次郎と同じサイレント系のオーヴなのである。
「これは地上の世情事、貴女に迷惑はかけられません。
……それに、私にはあの人と剣を交えなければならない、理由があるのです」
男から視線をそらさずにこたえた半次郎を、ノアは訝しげに見た。
「…あの男を知っているのか?」
「名は加藤段蔵、かつて上杉家に仕えていた忍者です」
「敵を目の前にして世間話とは、随分と余裕だな」
予期せぬ背後からの声に、ノアと半次郎は一斉に振り返る。
正面にいたはずの段蔵の姿が、そこにあった。