自嘲する哲哉。
彼は思案に詰まると、気付けば何時も八雲に問い掛けていた。
その理由が、今わかったのである。
「どんな時でも、大切な事は見失なわないな、お前は。
そうだよな、仲間が信じられなくて、チームプレーが出来るわけないよな」
八雲のまっすぐな性格は、精巧な羅針盤のように道理を指し示す。
だからこの男は、人を引き付けて止まないのだと、哲哉は感じていた。
各自、自分の持ち場に戻る橘華内野陣。
主審の試合再開コールを確認した哲哉は、やや内角の高めにミットを構えた。
この試合、初めてセットポジションから投球する八雲は、哲哉の要求通りに白球を投げ込む。
長谷川はこれを打ちにゆき、哲哉の狙い通りにセンター方向へと打球を飛ばした。
だがその打球には、哲哉が思い描いていたほどの勢いがなかった。
セットポジションからの投球を考慮し、哲哉は少し辛めのコース選択をしていた。
だが、八雲の球威は衰えることを知らず、それが彼の計算を誤らせていたのだ。
フワッと上がった打球は、二塁後方へとむかっていた。
これを遠山と水谷が懸命に追うが、努力の甲斐なく芝の上へポトリと落ちる。
走者の宮本は三塁を回ろうとしていた。
打球を追う二人に、失点を阻止する手立ては、もはや何もなかった。
「もらいっ!」
遥か後方にいるはずの小早川が、喜々としてワンバウンドした打球をキャッチした。
猛ダッシュでフィールドを駆け抜けた小早川は、勢いをそのまま返球に転換する。
本塁では哲哉がマスクを投げ棄て、小早川からの返球を待ち構えていた。
矢のようなそれは若干逸れたものの、左足のブロックが見事に功を奏し、橘華ナインは辛くも失点を防ぐことができた。
七点もの点差を感じさせない白熱した試合に、観客スタンドが揺れていた。
だが、試合の見せ場はまだ終わってはいない。
二死二塁で打席にたつのは鈴工の主砲、石塚拓也である。