歩道にいる老婆が黄色信号に懇願している。まだ待ってください。すると信号は黄色のまま変わらない。老婆は歩くのもおぼつかないので、僕はその横断歩道の半ばにいた折り鶴を拾い、その羽を広げた。鶴は上に向かって飛んでいった。いつのまにか老婆は消えていた。信号が赤になったので、僕はその横断歩道に対し垂直に延びる、青信号の横断歩道の上へ行く。電柱に立てかけてあったブラシをもち、そのいくつもの白いラインをかきけしてゆく。上から声がした。
いいのか。わかっているはずだろう。
僕は言った。
わざとだ。
僕の体が消える。
目が覚めると、病室のような場所にいた。薄暗い部屋にベッドがふたつ、窓がひとつ。僕はベッドに横たわっていた。体を起こす。声の主が、窓際の椅子に座って、冷酷な表情でこちらを見ていた。他方の壁沿いには椅子が4つ等間隔に並んでいて、若い男女が交互に座っていた。右側の二人、左側の二人はそれぞれカップルのような雰囲気ではなしている。左側と右側の間の交流はないのだが。左側の二人はいい感じの大学生カップルといったところだろうか。こちらを見て、あからさまに僕についてこそこそ話している。右側の二人は水商売でもやっていそうな、派手な風貌の男女だった。こちらは僕には全く興味がないらしく、大きな声で恋愛話に花を咲かせている。
まじでお前可愛いから自信もてよ。
本当に?あたし、よく男の人にオカマっぽいって言われるんだけど、あんたは言わないんだね。
そこで声の主が僕に問う。
何故ここにきた。
僕は口を開く。
それはー
それは。
続きを話そうか迷っていると、声の主が言った。
お前の声は、あの女の将来の声だな。
声の主は、右側の派手な女を指差す。
女は信じられないといった顔で声の主を睨んだ。隣の男がその女を見る表情が急激に冷めてゆくのが見えた。
しばらくして、僕はその女ーソウとデートをした。喫茶店で待ち合わせ、僕らは30万円のコーヒーを飲んだ。60万円分をソウが払ってくれ、変わりに夕食の310万円を僕がおごった。僕は次の仕事に一週間遅刻し、五分間の労働をすませた。