「なぜ気付かなかったんだろう」
「そうなんだよ、深雪。
あれはワインの三色だったんだ。
白ワイン、ロゼワイン、赤ワイン。
僕達はその中にいたんだ。
みんながワインを目にしながら、これに気付かなかった。
ロゼは茶色、白はそのまま白。
だからこの場合の黒は、赤ワインを指しているんだ」
「そう言えば、特に色の濃い赤ワインを、黒ワインと呼ぶ国もあるって聞いた事があるわ」
孝子が思い出したように言った。
「じゃ、こういうこと?
あたし達はあの膨大な量の赤ワインを全部調べるの?」
「その必要はないと思う」
友子が言った。
「大事な鍵を、もうひとつ忘れてるわ。
『ピカソ』よ。
私達が探すのは、ピカソに関係のある赤ワインよ、きっと」
「じゃ、さっそく地下に行ってみましょうよ」
そう言って立ち上がった深雪を、明彦が制した。
「いや、待て。
直接ワインを探すより、あのワインの図鑑を調べたほうが早い。
もしピカソに関係のあるワインなら、何かの形で載っているはずだ。
赤ワインという事がはっきりしているから調べやすい」
「図鑑ならここにあるわよ」
孝子がそれを手で持って見せた。
「おまえ、持ってきたのか?」
「なんか、役にたちそうだったから」
「偉い!
よし、こっちに貸せ」
明彦は図鑑を受け取ると、そのページをめくった。
ほかの者はランチを放り出して彼のそばに集まった。
「えーと、赤ワインと言えばフランスのボルドー、ブルゴーニュなどの産地が有名で、特にボルドーのワインは、優雅でデリケートなところから、『ワインの女王』と呼ばれています…か。
よし、まずこのボルドー産を調べてみるか。
なにしろワインの女王だからな。
ちょっと気になるじゃないか。
えーと、ボルドー産はこの辺だな。
『シャトー・ラフィット』これは関係ない。
『シャトー・ラトゥール』このワインも違うな。
『シャトー・ムートン』
おい!
これじゃないか?
いいか、ここに書いてある。
このシャトー・ムートンは、毎年一流画家がそのラベルをデザインするのでも有名で、ミロ、シャガール、デルボー、アガム、そして1979年には日本の堂本尚郎氏が、1982年にはピカソが、そのラベルを担当した。
やった!
これに間違いない!
1982年のシャトー・ムートンだ!」