「なんだ喜久雄。
お前、将棋が出来るのか?」
「ええ、あまり強くはありませんが…
実戦よりも、主に詰将棋なんかをやってるほうが多くて…」
そこへ友子が息を切らせて戻って来た。
「はい、駒と盤」
「よし、さっそく並べてみよう。
孝子、やってみてくれ」
孝子はメモを見ながら、駒をひとつひとつ並べだした。
「そして、最後に白のクイーンを『gの3』と。
はい、出来た」
「確か雅則は、クイーンを正しき位置に導けって言ってたよな。
この『gの3』が正しき位置なのか?」
明彦が首を傾げる。
「これが何なのかしら?」
深雪も不思議そうに盤面を見ている。
この駒の配置が、いったい何を意味するのだろうか?
それが、さっぱり分からないのだ。
孝子はチェスの本を、あちこちとめくっては見ている。
友子はこれが何かに似ているのに、気付き始めていた。
何だったかしら?
食堂の柱時計が九時を打った。
残り三時間が、彼らに残された時間だった。
「ねぇ、あなた。
これ、あれじゃないかしら?」
「あれって、何だよ」
「あなたがいつもやってる詰将棋よ」
「詰将棋?」
喜久雄は盤面を上から見た。
なるほど、確かに似ている。
全体的な駒の配置。
駒の数の少なさ。
特に黒の駒は、ふたつしかない。
「孝子、チェスにも詰将棋のようなものがあるのか?」
「ちょっと待って。
今、調べてる。
あっ、あるわ。
チェスでは『チェス・プロブレム』または、ただ『プロブレム』って言うの。
詰チェスね」
「詰チェスか。
これがもし、その『プロブレム』ってやつだとしたら、これの答がクイーンの正しき位置って事になるんだな。
そこへ導けってわけだ。
孝子、お前チェスが出来るのか?」
「駒の動かし方くらいなら分かるけど…
でも、こういうのって苦手。
喜久雄兄さんやってよ。
駒の動かし方は教えるから。
詰将棋、得意なんでしょ」
「喜久雄、お前しか適任者はいないみたいだな。
孝子と協力して、やってみろ」
「僕がですか?
でもチェスなんか、やった事ないし…」