「さて、どうするかな。
一番楽で確実なのは敬遠策だけど、お前にそんな気はないんだろ?」
石塚との対戦を前に、意思の疎通をはかりにきた哲哉は、八雲の胸中を見透かして微笑んだ。
「……大澤さんが野球部に入ってくれた時に決めたんだ、勝負から逃げるための敬遠は絶対にしないってな。
それをしたらオレは、あの人と一緒に野球する資格を失っちまう」
苦笑いした八雲は、おもむろに空を見上げた。
見上げた空は抜けるように蒼く、幼き日に見たままの鮮やかさを保っていた。
そして八雲は思う。
何時から自分は、空を見上げなくなったのだろうと。
「………何から逃げて、大切なものを失うのはもう嫌なんだ」
瞳を碧く染めた八雲は、呟くように思いを語った。
失った大切なものが何か、それを知る哲哉は強く奥歯を噛み締めた。
「OK、真っ向勝負でいこう。
ただし、石塚さんは絶対に押さえる。
じゃなきゃ、みんなの頑張りが無駄になるからなっ!」
そういって微笑んだ哲哉に、八雲も笑顔で頷いた。
「問題はどう打ち取るかだな。
うちで一番手堅い守備は、二遊間の遠山さんと水谷さんだが、気合いがはいった石塚さんの打球を内野ゴロで抑えられるかどうか……」
球威のある八雲の球は外野に飛ばすことが困難ではあるが、バットの真芯で捕らえばその威力も意味を成さなくなる。
今の集中した石塚には、最も憂慮しなければいけない要因であった。
「三振を取りにいこう、それが一番確実だ」
驚いて八雲を見る哲哉。
石塚にたいしは前打席、この日最高の投球内容で臨んだが三振は奪えなかった。
それどころか彼はこの試合、一つの空振りもしていないのである。
哲哉はその事実をつたえるが、八雲は額の汗を拭いながら億劫そうに石塚へ視線を移した。
「全力で投げた球なら、なんとかなるをじゃねぇか?」