八雲のいう全力の意味が、哲哉には解らなかった。
百四十五キロのストレートは既に投げ、四隅にコントロールされていたにもかかわらず、石塚は空振りをしなかった。
だが、哲哉はふと思う。
要求すれば正確にコントロールされた百四十五キロちょうどの直球を投げてくる八雲には、まだ余力があるのではと。
「…一つ聞くが、お前、百四十五キロがマックスじゃないのか?」
「頑張りゃあと三キロ位だせるぞ」
あっけらかんとした八雲に、哲哉は長嘆をついた。
「なら、なんで今まで投げなかったんだよっ!」
「おもいっきりだと、てっつぁんが構えた所に投げれる自信が、まだないんでね」
口許を歪める八雲。
八雲が全力投球しない理由が、自分の要求通りの球を常に投げるためだと知ると、哲哉は口許を緩めて彼の胸板をたたいた。
「それはそれで攻めようはあるさ。
後は俺にまかせろ」
寧ろ、配球内容をよまれている石塚には、その方が都合がいいと哲哉は考えた。