ぼやけた視界に映ったのは灰色の天井と、こちらを覗き込む黒髪、黒瞳の若々しい外見をした男だった。
男は小動物のような懐っこい目をきらきらさせると、それに反して大人っぽく、日に焼けた顔で、少しだけ困ったように笑う。
「……十三年ぶりの再会だぜ?なのに第一声がそれか。相変わらず手厳しいなぁ。」
「お前は、再会した傍から何をしているんだ…?」
「んー、つい懐かしくてさ。ほら、お前が騎士訓練生の時、よく先輩にいじめられて、こてんぱんにのされてただろ?そしたら俺がこんな感じに優しく介抱してやって、」
「離れろと言ったのが聞こえなかったのか?」
ジーナはラドラスの手を払いのけ、自力で上体を起こした。そのまま横目に睨みつけると、ラドラスは降参、というように両手を上げて身を引き、肩を竦める。
このマイペースな男こそが、美香達に話聞かせた「知り合い」だ。何故ここにいるのかわからないが、おおよそ治安部隊の若者にでもジーナの話を聞いて、看病役を名乗り出たのだろう。例え囚人でもそういう事を平気でやってしまう性質の男だということは、嫌というほどよく知っていた。
その時、ラドラスの服装に目がいった。薄汚れたカーキ色のマントに、裾が膨らんだ黒のズボン、茶色のブーツ。ジーナと同じ格好、西国ミルトの騎士が好んで着る旅装だった。
ジーナはふと、領域での自分の人生を思い出した。
(十三年、か……。)
ジーナが砂漠の管理者に任命され、ミルトを旅立ったのが、ジーナが十六の時のことである。確かに、あれからもう十三年もの月日が流れているのだ。そしてつい一年ほど前、砂漠に迷い込んできた男から、ラドラスが“子供のセカイ”の新たな支配者達に連れ去られた、という話を聞いた。
しかし、不思議と懐かしさはない。恐らくラドラスがあまりにも変わっていないせいだ。外見はもちろんそれなりに歳を経て、見慣れない笑いじわなども増えていたが、何より瞳がそのままだった。無邪気なようでいて、それだからこそ、何を考えているのかまったく掴めない黒い瞳。その底知れなさに掻き立てられるジーナの警戒心が、間違いなくこの存在が彼であることを告げていた。
少し襟足の伸びた黒髪をかきながら、ラドラスは拗ねたように唇をとがらせ、天井を見上げる。
「俺のこと、助けに来てくれたんじゃなかったのか?」