哲彦が、旅行から帰り、文子と昼食を取っていた時、文子が切り出した。
「実は私、総務部の山本さんから、『結婚を前提に交際してほしい』って言われたの…でも、断ったよ。『好きな人がいるから』って。もちろん哲さんのことだよ」
今までとは違う、文子の話し方に、哲彦は戸惑ったが、自分を、そういう対象で見てくれていることに、嬉しさを感じていた。
だが、もう一方で、麻由との間で揺れている自分に、申し訳なさもあった。
「そっか…俺のために、山本さんに、そう言ったんだよね。俺もうちょっと、あたたかく、包みこまなきゃね…あっ!ごめん。臭いこと言って」
そう言って頭を下げる哲彦に、文子は、首を振った。
「そんなことないよ。嬉しいよ。哲さん充分優しいよ。いつも、『お疲れ様。明日も頑張ろう!』ってメールで、いつも勇気づけられてるんだよ。私にとっては、それが何よりの宝物だよ」
「そうか…元気の源になってるんなら、俺もこんな嬉しいことはないよ」
哲彦は、文子との間になんとなくあった、距離感が短くなったように思えた。
「結婚…そろそろ自分のなかで意識してる?」
哲彦は、旅行中に考えていた文子への質問を、ぶつけた。
「考えていないっていえば嘘になるよ。…でも、仕事をもう少し頑張りたいって思う時もあるよ。哲さんも、もう少し時間を、置きたいでしょ?」
「そうか。焦らずに行きたいってことだよね?」
「うん。哲さん、あのね…急ぎすぎてだめになることもあるかなっ…て思う時もあって…うまく言えないけど、何ヶ月か先、か一年くらい後に、こうなってればいいなって思う。それでも、いいかな?
私間違ってるのかなあ…」
哲彦は、首を横に振った。
「全然!俺もそう思うよ。その時が来たら、2人にとって最高の結果になってるといいよね」
「うん」
哲彦は、少し安心した。
文子の大人の考え方にも感謝した。
(俺は、感謝しなきゃな…彼女や麻由にも…自分の腹も決めなきゃな…)
こうして、義人の旅行から始まった、哲彦の出会いは、関係性が横ばい状態のまま、3年目の2月を迎えた。