「私はまだこの封筒の中を見てないけど、でも賭けてもいいわ。
この中にある権利書の有効期限は、少なくともあと一ヶ月はあるはずよ。
そうでしょ」
「な、何を馬鹿なことを!」
そう言った鹿島の顔色が変わった。
「それが貴方の切り札。
そして私の切り札でもあるのよ」
「いったい、何を根拠に言っているんだ!」
「私はまだカードを全部は開かないわよ。
カードを全部開いて手の内を見せる時は、ゲームの終わる時よ。
それまでは、お互いポーカーフェイスでいましょうね」
そう言って孝子は少し笑った。
鹿島の顔も、もとの無表情に戻る。
「そうそう、その顔よ。
じゃ、話をもとに戻して、もう少し説明しましょうね。
私は明彦兄さんの穴掘りの間に、なんとかクイーンを手に入れたわ。
その夜の夕食後に、あのレモンパイが出てきたのよね。
あれで条件は全て揃ったのよ。
もう迷う必要はないわ。
ただ指定された場所を探せばいいだけ」
「この屋敷のホールの床がチェス盤になっている事に、いつ気がつきました?」
「最初にホールに入った時よ。
だってこの屋敷の造りは変わってるじゃない。
二階の左右の廊下はホールに張り出していて、まるで上からホールの床を見るために造られているみたいだわ。
…そうなのよ。
この屋敷の前の持ち主、確かフランスの富豪だったかしら。
その人もきっとチェスが好きだったのね。
あの床をチェス盤にして、その上で人間が駒の代わりになって、チェスをやったのよ。
そんなパーティーを開いたんだと思うわ。
あの二階の左右の廊下は、言わば観戦席なのよ。
ホールで行われるチェスを、上から見るための観戦席よ。
この屋敷は、最初からそのように造られているのよ。
だから雅則兄さんも気に入って購入したのよね、きっと」
「確か孝子様は、あのレモンパイに焼き付けられたヒントを、書き留めはしなかったはずだ。
ほかの人達はメモを取っていたが、孝子様だけは、何もメモを取ってはいなかったはずだ」