子猫のためを思ってか、それとも鼠捕りを笛に頼ることばかりこだわっている稚拙さをただ叱咤したかっただけなのか、捨て台詞を残して逃げてゆく怪盗ねこひげを為す術なく見送った子猫は呆然として呟きました。
「自分自身にできることを…?」
子猫にとっては鼠を呼び集める笛を借りることが今の自分にできることだと思っているのに、怪盗ねこひげからはそうは見えないらしいことに、子猫はいささかならずショックを受けていました。
子猫は竹内さんに誉めてもらえたらなうれしいにゃ、竹内さんが喜んでくれたらうれしいにゃ、と思ってはいましたが、まるで都合よく利用されたがっているかのような言われようは、とてつもなく心外で、にゃんて酷い言い方をする猫なんにゃ!大人猫げにゃい!と憤慨していましたが、背後から落ち着いた声で猫丸に話しかけられて我に返って振り向きました。
「おい、チビ?」
「にゃゃ、猫丸さん…。
ごめんにゃさいにゃ。僕のせいで笛が…」
しゅんとして謝る子猫に猫丸は口の端に微笑を浮かべて申します。
「ああ、あの笛な。良いんだよ、たいしたもんじゃねぇから。おまえが気にすることじゃない」
「けど、あんな貴重な笛、僕をかばったりしたから…どうお詫びしていいか…」
今にも泣きそうな子猫に猫丸はさも可笑しそうに笑って申します。
「ハハハ、気にするなって言ってるだろ。
あの笛はな、ただの篳篥さ。ホイッスルよりは金になるだろうが、それだけだよ」
悪戯が成功したときのような笑顔を向けられて子猫はポカンとしてしまいました。
「え?じゃあ…、もしかして鼠を集めて一網打尽にできる笛があるっていうのは嘘だったのにゃ…?」
子猫は情けない顔で今にも泣きそうです。
「ばか、はやとちりするな。それはこっちの笛だ」
猫丸が首を反らすと、そこにはホイッスルがキラリと揺れていました。
「ホイッスルが…?」
「言っただろう?これはうちの一族に伝わる笛だって。大勢に号令するのに使うんだ。
もちろん鼠にも有効。」
フフンと得意げに笑う猫丸を見上げる子猫の顔に、朝日に花が開くように驚きが広がり、やがて尊敬と憧憬で目がキラキラしてゆくのを、猫丸は鼻先をツンと上げてニッて笑ってみせるのでした。