この王子はなかなかに聡い。治安部隊の若者達が、王子の事を貧弱だと馬鹿にしているのを耳にしたが、ラドラスはそうは思わなかった。
力とは強さのことだけではない。治安部隊は常人ならぬ身体能力を持っているからこそ、それを依りどころとし、なおかつ誇りに思っている。だが、王子には王子の才能がある。癒しの力は勿論だが、何よりこの綺麗な少年は、人の心や物事の流れを正確に読む能力に長けている。ほんの半日ほどの付き合いではあるが、観察眼のあるラドラスは、王子の性質を見事に見抜いていた。
「ああ、いいぜ。言ってみろよ。」
ラドラスは、あえて気軽な調子で促した。
王子は言うのをためらった。白磁のように白い手が、青い上着をきつく握り締めているのを目にして、ジーナは眉をひそめる。ジーナは未だ、事の深刻さを読み切れていなかった。
王子はようやく口を開いた。
「トンネルっていうのは、二つの場所を繋げるためにあるもので、それが“青の混沌”の中に作られているというのは、つまり……。」
王子は歯切れ悪く言い淀んだ。ジーナはイライラと先を促す。
「つまり、何だ?」
「つまり、舞子の目的は、“子供のセカイ”と“真セカイ”を貫く道を作ることにある、ってこと?」
言い切った王子は、顔を上げてラドラスを見た。
ジーナは、はっとしたように口をつぐむ。
「ご名答。そういうことだ。」
ラドラスは満足げに頷いた。
しばらく誰も何も言わなかった。どこからともなく吹いてきた温かい風が、三人を一瞬だけ包み込み、また一瞬で流れ去っていった。
王子の言葉は、衝撃と共に、ジーナに糸のようにはっきりとした道筋を示した。ジーナは冷たく痺れる脳の活動を再開させながら、ゆっくりと、順序立てて事態を整理し始めた。
(……“闇の小道”を使えば、支配者一人なら、なんなく家に帰れるはずだ。それなのにわざわざ“青の混沌”を切り拓き、誰もが通れるような、両セカイに通じるトンネルを開通しようとしているのならば、その理由は――、)
帰る人数が、一人ではないからだ。
舞子以外の人間、もしくは想像物も、自力で“闇の小道”を越えることはできない。番人に何か犠牲となるものを捧げなければ、通ることは不可能なのだ。それが“生け贄の祭壇”の存在理由である。