王子もまた美香を思ってか、歪んだ顔で自分の腕を握り締めている。
それだけ美香のことが心配なのは、美香が心を押し殺してでも前に進む、健気な少女だからだ。その芯はすっと真っ直ぐに通っているが、何にも屈しないほど強くはない。
そして、美香の気持ち云々より先に、事態は予想以上に深刻だった。
“真セカイ”に呼び出される想像物が無害なのは、想像物が“子供のセカイ”から“真セカイ”に入る際に、犠牲として物体化の力を失うからだ。だが、トンネルを通れば、想像物は力を失うことなく、“真セカイ”に行くことができる。
普通ならば視認できても、決して触れない“子供のセカイ”。それがいきなり牙をむいて襲い掛かってきたら、子供達に勝ち目はない。
そういった意味では、舞子は“真セカイ”中の子供達を支配しうる可能性を持っている。大人達は見ることも触ることもできないが、子供達を人質に取られてしまえば、従わざるをえないだろう。そうなれば、恐らく舞子は“子供のセカイ”だけではなく、“真セカイ”の覇者になる――。
「さあな。理由は俺にもよくわからない。舞子様はまだ子供だし、大したことじゃなくても、耐えられない場合が多いんだろ。」
ラドラスはそう言うと、「よっこら」と腰を上げ、正面からジーナ達を見つめた。
「ただ、今話した内容が、計画段階でも何でもないってことだけは事実だ。遅くとも一週間かそこらでトンネルは開通し、俺達は計画を実行に移す。」
ジーナは黙り込んだ。ゆっくりと足を踏み出したラドラスが近づいきても、何の反応も示さなかった。
それに気を良くしたラドラスは、馴れ馴れしくジーナの肩に手を置くと、俯く彼女の耳に向かって囁いた。
「どうしたんだよ、ジーナ。こんなことでビビるなんて、お前らしくないじゃないか。」
「……理由は何だ。」
しぼり出すような声音と、その言葉の意味に、ラドラスは首をかしげた。
「理由ならさっきわからないって言ったろ?」
「違う。お前の方だ。」
ジーナは肩に置かれた手を振り払うこともなく、ラドラスを見上げた。女性には似つかわしくない、日に焼けた精悍な顔立ち、強い意志を宿して輝く黒い瞳。
至近距離にそれらを見とめると、ラドラスは不意に口をつぐみ、それから、心底嬉しそうな顔で笑った。
それは幸せな笑顔でありながら、どこか悲しみを連想させる表情だった。