午前九時・新橋─
中川は、新橋の広告代理店に、定時通り出社した。
「おはよう。」
「おはようございます・・・。中川さん、顔色冴えないですよ?体調でも、悪いんですか?」
オフィスに入るなり、後輩の男性社員が声を掛けた。
「あぁ・・・。寝てないんだ、全く。」
「タフですねぇ・・・。俺は、そんな事、出来ませんよ。あっ?もしかして、美人の彼女とデートですか?良いですね〜、中川さんはもてるから。彼女、CAだったですよね?俺にも紹介して下さいよ。」
「紹介な。また機会が有れば、別に良いよ。彼女に伝えとく・・・。」
中川は、席に座り、珈琲を新人の女子社員に頼んだ─
隣の席に、後輩の男性が腰掛けると、中川に耳元で囁いた。
「それと・・・、昨日の朝、ロビーで何か、一悶着有ったらしいじゃないですか。聞きましたよ?」
「一悶着?」
その瞬間、珈琲を手にした、新人の女子社員が、中川の席に近付いた。
淳が会社に訪ねて来た事だと、勘付いた中川は、少し動揺した様子で、身体を後輩の男性社員の方へ傾けた─
「受付の女の子から聞きましたよ。何か、チャラい感じの若い男が訪ねて来て、絡まれてたって・・・。中川さんが女の子とやったやらないって話。CAの美人の彼女が居るのに、罪ですねぇ〜。」
「お前、声が大きいよ。そんなんじゃないって・・・。」
新人の女性社員は、そこまで、話を聞き終えて、気不味そうに、珈琲をさっと、中川のデスクに置き、去って行った。
「じゃあ、何なんですか?昨日のチャラい若い男って。俺、受付の女の子と仲良いんで一部始終、聞いちゃいました・・・。」
後輩の男性社員は、笑ってそう言った。
「勘違いだよ。彼氏が居ないって言うから、一回寝たんだ。そしたら、彼氏だって男が怒鳴り込んで来たって、よく有る話・・・。な?そんな面白い話じゃねぇだろ?」
「なるほどねぇ・・・。」
後輩の男性社員は、何か腑に落ちない表情を浮かべ、パソコンに向かった─
淳が、事故に遭った事を知らない中川は、どうやって、淳を消すか─
そんな恐ろしい妄想をしていた─