序
三千年に一度、摩魏羅と阿虞磨の空に昇ると言われる血色の月。その月が現れる晩に生まれた赤子には、この世の全てのものを作り出す、四大元素の火、地、水、風のいずれかを意のままに操ることの出来る、神力と呼ばれる力が宿るという。その力は余りに強大なりて、人々は神力を持つ子供を、死ぬまで『魔物の子』と呼び続けると…。
今宵、二つの国に不気味な深紅の光が降り注ぐ。
そして、紅い月が昇るこの晩に、二人の子供が二人の娘から産み落とされる。
一人は阿虞磨、一人は摩魏羅。それぞれ別の国で、別の環境で生まれようとしていた。
阿虞磨の子供は絢爛たる王宮の一室で、名を鐘杏と云う娘の腹から出でた。
生まれたのは娘。名は沙姫と名付けられた。
そして、沙姫を産んだ鐘杏は阿虞磨の王、白月晶王の后であった。つまり、沙姫はいずれの阿虞磨女王となるべき者。
しかし、神力を持ったと思われたこの沙姫に王の勤めが為せるのか、阿虞磨の人間は次期女王となる沙姫に強い不信感を抱いた。
父である白月晶でさえ、血の月の晩に娘が生まれたということに顔をしかめさせたと云う。だが、周りの者が何と言おうとも、鐘杏だけは沙姫を見捨てなどはしなかった。
『私の娘だ、沙姫は魔物の子などではない。』
鐘杏は沙姫を抱き、泣きながらそう言ったそうだ…。
その逆に摩魏羅の子供は、誰からも忘れ去られた深い山奥の洞窟に隠れ棲む、名を舞亞花と云う娘から出でた。
舞亞花は赤子の時より親に捨てられ、一人山の中で泣き喚いたという。その声を聞き、舞亞花の元に一人の老婆が現れたそうな。老婆は幼い舞亞花を抱き上げ、更に山の奥深くへと入って行った。
やがて、どれだけ歩いただろうか、漆黒の空は何時か明るくなり、周囲の木々の葉の間から光が差してきた頃、老婆は巨大なる木の下へと辿り着いた。すると、老婆はその巨木の根本に抱きしめていた舞亞花を降ろし、まるで祈りを捧げるかのように巨木へ語りかけたと云う。
『人より忘れられし大地の神よ、この不幸な親無き赤児に幸福を与えたまえ…。』