「ねえ、ジーナ。」
「ん?」
陰った視界の中、振り返ると、王子は所在なげに視線をさ迷わせていた。
「何だ?」
投げやり口調で返したジーナは、疲れ切っていた。体は王子のおかげで回復していても、精神まではそうはいかない。“青の混沌”での幾多の戦闘の記憶と、つい今しがた交わしたラドラスとの会話が、ジーナの胸中に鉄の塊のようなしこりを残していた。
王子はなぜかジーナから目を背けたまま、小さな声で言った。
「……いや、ラドラスがジーナの旦那さんって本当かな、と思って。ラドラスが言ってたんだけど……。」
二人の間に、冗談じみた沈黙が広がる。恐る恐る見守る王子の前で、ジーナは疲れも吹き飛んだ顔で、石像のように見事に固まっていた。再び顔を出した太陽にその姿が縁取られた途端、何かのスイッチが入ったかのように、ジーナはカッと頭に血をのぼらせ、憤然として握り拳を作った。
「……やっぱり殺してくる。二度と言い触らせないようにな。」
「ええ!ちょ、ちょっと待ってよ!」
ずんずんと大股に施設の方に向かって歩き出したジーナの肘をつかんで何とか引き止めるが、ジーナは苛々した様子で王子の腕を振り払った。
凄みのある目つきで睨まれ、王子は蛇に見込まれた蛙のように動けなくなってしまう。
「言っておくがな!私は別に好きこのんで奴と夫婦になったわけじゃない!王に命じられたから仕方なくそうしたまでだ!それに、そうなった三日後には、私は砂漠の管理者に任命されていたから、奴と会ったのさえ、その時が最後だ!」
「……。」
まくし立てるように力説するジーナに圧倒され、王子はじり、と後ずさる。逆にジーナは、一歩間合いを詰める。
「わかったら、このことは絶対誰にも言うな。いいな?」
ジーナの目は本気だった。王子は若干怯えながらも、こくこくと首を上下に揺らして何度も頷く。
その時、背後からどさっと重いものが落ちる音が響いて、同時に聞き覚えのある、粗野な口調の声がかかった。
「お前ら、こんなとこで何やってんだ?」
王子とジーナは、ハッとなって同時に後ろを振り返った。
そこには、地面に着地した格好のハントがいた。日に焼けた顔を怪訝そうに歪めて、二人を見ている。また屋根から屋根へと飛び移ってきたのか、ボサボサの黒髪は逆立ち、余計に獣らしさが増していた。