無意識に足早になる。仕方ないか…、ずっと待ち望んでいたんだから。少し汗で湿った背中も、今は気にならない。早く、速く、あの人の元へ。
緩やかな坂を登る。走る事は出来ないから…、とにかく急いで。
見えた。かつて長い間過ごした古小屋が。
視線を二階の窓へやる。窓は閉めているが、ガラスがついていない。枠だけの窓は風をモロに中に入れ、備え付けのカーテンが煽られている。
その時。
一際強い風が吹いた。
部屋が露になる。
「あっ…」
喜び、嬉しさ、
それだけでは到底表現出来ない感情が押し寄せる。
やはり… やはり!
『彼女は待っていてくれた!!!』
頬が緩む。
途中、足が縺れそうになる。
だが少年…、いやもう青年か。青年は止まらない。
ついに小屋の前に着いた。震える手でドアを開ける。埃が立ち込め、視界を奪うが、すぐに治まった。
小屋の中は以前と変わらない。本が所狭しと並び、床にまで積んである。本題に四方囲まれた、部屋の中央は机と椅子が二組向かい合わせになっており、ここも当時のままだ。
机の上に何かがある…?
白い…本?
不審に思い、机に近づく。これは、彼女がいつも片時も手離さずに、持ち歩いていた物だ。
当時、少年は触らせてもらえなかった。
青年は本に手を伸ばす。
題名も、装飾すら何も入っていない、無地だ。
傷つけないよう、ゆっくりと開く。
「……………ッ」
真っ白だった。何も記されていない。
彼女に昔聞いたことがある。これは何の本かと。
すると彼女は笑って答えた。
本じゃないわ。あなたとの日記なの、これは。 と。
だから、これが真っ白と言うことは、そんな日々を彼女が過ごしてきたということ。
胸が苦しくなる。でも…今更だ。
泣きそうな顔をしながら、ページを捲る。
白紙だった。最後まで。
本を脇に抱え、階段を登る。
ギシッ ギシッ と板が軋む。
二階は一階と似た構造だ。ただ、机と椅子の置いてあった場所に、ベッドがあるだけ。
先程の、窓に目をやるが、カーテンが風に揺れているだけ。彼女の姿はない。
いやそんな… まさか見間違い? そんな…まさか
「はっ…、翅さん!いるんだろ?」