それでも少年は突き出した指を引っ込めることなく、相変わらず同じ場所を凝視している。恐らく、「誰か」いるのだ。ジーナ達には見えない誰かが。
(聞き間違いでなければ、ミルバ、と言ったように聞こえたが……。)
それは、今ここにいるはずのない、前支配者の名前だった。
その時、建物の影がわずかにぶれたように見えた。それはまるで、砂漠で見慣れた蜃気楼のようで、ジーナは目を細めてその姿の真偽を見極めようとする。
ジーナは――否、そこに居合わせた少年以外の三人は、驚きに声を上げ、目を見張った。一枚の絵が壁からはがれるように、薄皮のような空間がゆっくりと前にめくれ下がり、そこから深緑の髪と瞳を持った小さな子供の姿が現れた。
「ハント。」
子供はただ、それだけを周囲に聞こえるようにはっきりと呟き、そして次の瞬間にはその姿はかき消えていた。
「今のは!?」
「どういうことだ。前支配者は舞子によって倒されたと……。」
「お兄さん。」
矢継ぎ早に交わされる王子とジーナの会話を絶つように、少年は強い口調で言うと、治安部隊のリーダーである黒髪の青年を振り返った。ハントは魂を抜かれたかのように、憔悴し切った顔をしてミルバが消えた辺りを見つめていた。驚きを通り越して、もはや恐怖さえ感じているような顔つきだった。
「今、お兄さんは何も見てない。そうだよね?」
「何も……?」
ハントはぎこちなく首を動かして少年を見下ろした。いつでも己を信じ、強い野生の輝きを放っている黒い瞳は、今は子供のように頼りなく揺れ、焦点が定まっていなかった。それを確認した後、少年は、にいっと、ぞっとするほど醜悪な笑顔を浮かべた。
「何か見えたにしても、それは幻だ。お兄さんは夢を見ていたんだよ。」
「夢……。」
その様子を見た王子は、腹の底をまさぐられるような、嫌な感じを覚えた。王子をあっさりと消せる力を持つ、無敵にも見えたハントが、今、何かに脅かされている。それは彼の側に立つ少年によってではなく、もっとずっと大きなものによる制圧だった。
「お前ら、何やってる。」
不意にハントは顔を上げると、ジーナと王子を見てそう声を放った。ジーナは眉を潜めた。まるで何もなかったかのように、ハントはさっぱりした表情をしていた。
「さっさと施設に戻れ。ジョナに食い殺されたいのか?」
「……ああ、わかった。」