「私さえ長尾家に逃げ込まなければ、貴方も居場所を失わずにすんだのでしょう」
奥歯を強く噛み締めた半次郎は更におもう。
そして、後藤半次郎も死なずにすんだのだろうと。
半次郎の言を聞き終えた段蔵は、ただ憮然としていた。
彼にしてみれば、半次郎によって緩んでゆく家風に嫌気がさし、自らの判断で出奔したのである。
さらにいえば、彼にその気さえあれば刺客を返り討ちにして景虎を弑逆するくらい、造作なきことだったのである。
「不快だな、俺は自らの意志で景虎を見限り、武田にうつったんだ。
それを、あたかも自分が決定権を握っていたかの如くいうなど、人の意志を愚弄しているとは考えないのか?」
半次郎に、返す言葉はなかった。
段蔵の言い分はもっともであり、人の一生を尊いものとするのならば、それは自らの足で歩んだ人生に矜持と責任をもつからこそなのである。
他人に決められた人生に、どれだけの尊厳があるというのか。
自分の行為に、明確な是非を見出だせずにいる半次郎。
だが、それでもひとつだけ、彼の水晶眼は確かな予測していた。
段蔵とノアが闘うことによってもたらされる、最悪の結末を。
「…貴方の生き方に私が責任を感じるのは、単に私の思い上がりだったのかもしれない。
だが、それでも貴方とノア殿を闘わせるわけにはいかない。
万が一にも二人ともに倒れるようなことがあれば、おそらくそれはハクに対抗できる手立てを、失うことになるだろうから」