ラストラン

コザ  2006-09-04投稿
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42kmという過酷なロードもまもなく終焉に近づいてる。私にとって何度もこの瞬間を経験してるが、自分の衰えなどから、近いうちに潮時を迎えるべきだと数年前から感じ始めてた。だが今年は過去では味わった事の無い状態だ。競技場に入った瞬間、私に対しての拍手喝采。私を待ち望んでたかのように会場が沸き上がる。まるで1966年6月30日の日本武道館でのザ・ビートルズにでもなった気分だ。ドリフターズ等の前説がやっと終わり、遂にビートルズの登場。その時の観客と今の状態が一致した感じがする。
 いつもまわりから蚊帳の外のように扱われた自分にとってヒーローになった瞬間だ。私は一人トラックを走る。多くの視線を浴びてるのは、見渡さなくてもわかる。前にも後ろにもランナーは居ない。過去は必ずというぐらい前後にランナーが居たから、私への凝視なんて居やしなかった。まさにこれこそが独走というものなのか。
 私は去年で退いて居ればこんな経験は出来なかった訳だ。次第にゴールテープに迫る。あと約半周だ。観衆達からは拍手や
「がんばれ!」
とか
「あともう少しだ」
という声が微かにだが耳に伝わってくる。
 いよいよ直線だ。拍手や歓声が競技場全体に響き渡る。俺はくじけず、怠けず諦めないでやり遂げたんだ。そう心に誓った。係員からは
「あと30だ」
そしてしばらくして
「あと20メートル・・・ほらあと10メーター」
私は最後の気力をフルに出しきり、そして私はゴールテープを切った。その瞬間私は足から崩れてしまい、係員達に抱えられ、しばし横たわった。
 その私の姿を見た観衆達からは拍手喝采。中には
「がんばった!」
とか
「偉いぞ!」
などと私に声をかけてくれる人達も居た。なんとありがたい事なのか。係員も
「よく諦めなかった。ご苦労さん」
と声をかけてくれる。「みんなありがとう!」
って競技場全員に言いたい。だが私の体はもう衰弱してる。走る気力など無い。だから声もかけられない。なんか今後の人生において悔いが残ってしまいそうだ。
私は数分後なんとか立ち上がり、競技場を見渡すと次第に空席が目立ち始めてきた。係員達も片付け始め、マスコミの姿なんて、完全に消えていた。私はこの日をラストランと決めた。



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