アンチモン

 2010-11-09投稿
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耳元で風の音がする。
ピュウっと何度も彩子(さいこ)の周りをすり抜けた。
ふと周りを見渡せば、随分と高い場所にいる。
空が近い…、景色は雲もない青一色だ。 (…ここって?)
訳もわからず、視線を上にあげる。
みると、さっきまでそこにはなかった筈のクレーンが音をたてながら・積み荷を引っ張っている。
……ウィーン。
積み荷のそばに近寄ろうと歩きだした。 歩くたび、地面がカツカツ音がする。
着ていたコートの襟を首にギュッと寄せた。…少し寒い。…その先に、白い手摺りがみえる。
彩子が手摺りに両手をかけ、真下を覗こうとした直後・クレーンが静かにあがってきた。
積み荷が、彩子の目の前に止まる。

『………えっ!?』瞬間、声にならない声で小さい悲鳴をあげた。
積み荷に乗っていたのは、彩子の別れた夫の晋太郎とその晋太郎の腕にだかれた息子の京だ。

(…嘘?なんでここにいるの?)
彩子が心で叫ぶ。
晋太郎とは、もう離婚の手筈が終わりとっくに縁が切れていた。

『彩子… いままで、ごめんな。』
晋太郎が、彩子に向かって謝罪した。
(有り得ない…!)
そんな、夫じゃない。ひどいこともいっぱいされた。絶対謝ったりする人じゃない…

でも…

正直、嬉しかった。ずっとききたかった言葉だった。
晋太郎にだかれていた京が、口元を小さく動かして『…ママ』と彩子に話しかけた。

口を両手でふざいで、彩子はわあっと泣いた。
…嬉しい!
…良かった、これで私たち元通りにまたなれるのね…

…嬉しい!!

「う・れ…し…。」自分の口が、動いている感覚で目が覚めた。
目尻が濡れている。泣いていたのか…

「夢……。」

ボソッと呟いた。
確かに…
そうよね。
有り得ないもの…

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