ケタケタ笑いながら八雲達のやり取りを聞いていた小早川は、再び須藤のサポーターに視線をうつした。
「そういやこの前見た地方プロレスの試合で、それと同じサポーターつけたマスクマンが出てたなぁ。
背格好もちょうど竜之介ぐらいだったけど、まさかお前じゃないだろうな?」
冗談で口にした小早川だったが、途端に須藤は無口になり、視線をそらした。
「………」
「お前かぁっ!!」
声を揃えて荒げる小早川と八雲。
「頼むからこの事は秘密にしといてくれっ。
素性がばれないことを条件に、ようやくリングに上げてもらえたんだ、だから頼むっ、この通りだっ!!」
必死に頭を下げる須藤。
唖然とする小早川と哲哉。
だが、須藤が本気でレスラーを目指し、努力していることをしる八雲は一人微笑んでいた。
「そうか、夢にむかって大きく一歩踏み出せたんだな。
応援するぜ、竜之介っ!」
「おう、まだ前座でやられっぱなしだけどな。
いつかきっと、最高のレスラーになってみせるぜっ」
目を輝かせる須藤。
「オマエならなれるさ、世界一のコミック・レスラーに」
「おう………?
何で俺が、コミック・レスラー目指さなきゃなんねーだっ!」
怒る須藤に、八雲は屈託のない笑顔でこたえた。
「そう怒るなって、でっかい夢にむかって突き進むオマエが、ちょっとだけ羨ましかったんだよ」
「……八雲、お前の夢って何なんだ?」
ふと気になった須藤がたずねた。
彼にとって、八雲は自分の夢を語れる、掛け替えのない知己であった。
その友が一度も夢を口にしないことに、彼は日頃から微かな憂いを感じていたのだ。
「夢か……」
少し考え込む八雲。
「昔はあった気がするけど、今じゃそれが何だったのかすら、わからなくなっちまったな」
小次郎と甲子園にいくというのは約束であり、厳密には夢ではなかった。
仮にそれを夢と位置づけたとしても、それはどんなに努力してもかなうことはないのである。