苦しくて怖くて胃がよじ切れるような身を掻きむしりたくなるような痛みを覚えたが、ミルバは静かな口調でなだめるように、「あれは分身だから、罪悪感を覚える必要はない」と言ってくれた。
(ミルバは「分裂」しているだけで、城にいる『頭』の機能を持つミルバさえ助ければ、問題ないということなのかもしれない。)
それでミルバを助けることになるのかもしれない。例え今目の前にいる、このミルバが死んだとしても――。
それが言い訳のようで、しかし美香はそうやってごまかす以外、正面からミルバの死を受け止められる気がしなかった。これまでの道のりで、いくつもの死と出会ってきた。その一つ一つと向き合いすぎた美香には、もはや何かを背負うだけの余裕がなかった。特に舞子の計画を聞かされた、今となっては……。
ミルバは居間を出て行こうとして、思い出したように振り返った。
「そうだ、合図なんだけど、手紙で構わないだろう?」
「……ええ。あなたからの手紙が来たら、城へ向かえばいいのね?」
「ああ。」
その時、耕太が珍しく張り詰めた声でミルバの名を呼び、二人は同時に注目した。
耕太は眉間にしわを刻むと、短い黒髪を掻きながら言った。
「城にいるお前は、絶対助けるから。お前も覇王との戦いで、あんまり無茶すんなよ。」
美香は思わず小さく息を呑み、ミルバは表情筋が緩んだようにぽかん、とした顔になった。ミルバがそういった表情を見せるのは初めてのことだった。それから、ふ、と唇が弧を描き、にやりとして返した。
「君はもっと大きな視点から物事を見られるようにした方がいい。だけど、一応『ありがとう』と言っておこうかな。」
そして微笑んだまま、居間から出ていった。
素直じゃねえのー、と口を尖らせ、頭の後ろで腕を組む耕太に対し、一方美香は、軽いショックを受けていた。そうだ、簡単なことだった。耕太が言ったようなことを言えばよかっただけなのだ。
「私も、もう寝る。」
「え?あ、ああ。おやすみ。」
唐突に言った美香は、俯いた表情を見られないように早足で居間を抜け、階段を上がった。ミルバは一階の和室に向かったから、鉢合わせることはない。
耕太は不審がったに違いないが、それでも美香は闇の中、無意識に動く足を止められなかった。
耕太の方がよっぽど心にゆとりを持っている。それが美香には悔しかった。