「とりあえず野球ができりゃ、今は満足だしなぁ。
強いていうなら、引退間近な先輩達と一試合でも多くやっていたいってのが夢…、というよりも希望か」
そういって八雲は、敬愛する三年生達に視線をむけた。
野球の知識はあまりない須藤だが、それでも八雲が非凡な存在であることは理解していた。
その才能豊かな男がプロを目指さず、甲子園すら望まないとは何とも惜しい話だと、彼は感じていた。
だが、八雲を諭すだけの言葉を、須藤は持ち合わせていなかった。
八雲が高みを目指したところで、そこに唯一の好敵手であった弟はいないことを、彼も知っていたのである。
「さてと、そのささやかな希望の実現にむけて、努力を始めっかな。
竜ちゃん、いつもの頼むわ」
立ち上がって埃をはらう八雲。
俺達に湿っぽい話は似合わない、そう考えた須藤は気持ちを切り換えて立ち上がった。
今出来ることに尽力する、それはそれで称賛すべき生き方であり、その中で見えてくる夢もあるはずだと。
いつもの叫び声が、グランドに響き渡る。
その光景に笑みを残し、去っていく哲哉。
小早川は須藤の関節技に喘ぐ八雲を、不思議そうに眺めていた。
「……なぁ、前から思ってたんだけどそのコブラツイスト、右投げの八雲には逆じゃねーか?」
「…へっ?」
小早川の言葉に、八雲と須藤は投球フォームを思い起こす。
次に二人は、右足をフックさせて左脇下から捻りあげているコブラツイストの形を確認した。
確かに逆である。
八雲は須藤の右足を外すと、左腕一本で彼を投げ飛ばした。
「逆じゃねぇか、この野郎ぉっ!」
これに怒った須藤がすかさず反論する。
「何で最初に気づかねぇーんだ、このスットコドッコイがっ!」
「そもそも右利きの癖して、何で左腕にサポーターしてやがるんだっ!」
「関係ねぇだろうがっ!」
ハンセン張りのラリアートが、八雲に炸裂した。
後は取っ組み合いの喧嘩である。
「付き合いきれん」
呆れてため息をつくと、小早川はこの場を離れようとした。
その背中に、どちらのものともつかない蹴りがヒットする。
「何しやがる、この馬鹿共がっ!」
小早川も加わり拡大した乱闘は、三者が力尽きるまで続いた。