彼はいつもの居酒屋の、いつもの席に座っていた。
僕もこの居酒屋の常連客だが、彼はいつも同じ場所にいた。
「こんばんは」僕は思いきって、声をかけてみた。「この居酒屋には結構来るですか?」
「それなりに」声は低くもなく、高くもなく、その中間でもなかった。
僕はビールと適当なツマミを注文した。
この居酒屋はカウンターに椅子が6つ、それと4人用のテーブルが2つの小さな店だ。
彼のいつもの席というのは、カウンターの一番奥の席だった。
僕の前にビールとツマミがきた。泡立ったその液体を一口で半分ほど飲んだ。
「あんた、ビールが好きなのか?」彼は日本酒を飲んでいた。
「はい」なんで僕はビールが好きなんだろう。
「俺も昔はそうだった」日本酒が入ったグラスの横には、焼き魚があった。「でもやめた。飲み過ぎると腹がでる」
「僕はそんなの気にしませんよ」僕は言った。「飲みたいものを飲みたい」
「理由はそれだけじゃない」彼は酒を少しだけ飲んだ。「ここの焼き魚と、ここの日本酒は本当によく合うんだ」
「今度ためしてみますよ」
時刻は12時を少しまわったところだった。オヤジが閉店の準備をしていた。
「あんた」彼が口を開いた。「俺のことはオバケと呼んでくれ。それに敬語は無しだ」
「オバケ?」
「ああ」
時計の針は12時3分を指していた。