運転席には遼一が静かにハンドルを握って前の車の列を眺めている。
助手席には恋する女が座っていた。
神野 美穂である。年齢は27才 イコール彼氏いない歴。性格は引っ込み思案。根暗。ネガティブ。おまけにちょっとオタク。
そんな美穂だったが遼一に出会ってから少しずつ変化が起こっていた。
ああアタシは今、恋をしてるんだな…とつくづく思う。遼一には妻子がいる。奥さんは自分と同い年だ。この恋を成就させようなんて美穂は考えてもいない。
ただの憧れ。一方的な片想いだと分かっている。
だけど、どんどん彼に惹かれていく。彼は自分の容姿ではなく内面を見て話をしてくれた。
後部座席にいる吉原 桃子は女としての才能をフルに発揮している。フェロモンの塊のような女性だ。
彼はそんな桃子と自分を全く同じに扱ってくれる。
初めて遼一に会った時も美穂はすっぴんだった。
あれから数週間、一生懸命にメイクを勉強した。もちろん遼一が容姿など気にしないのは分かっている。
しかし努力せずにはいられなかった。もっと自分を見て欲しい。頑張った結果も、カッコ悪い所も、情けない所も全部見て欲しいと思った。
美穂はそんな風に考える自分を不思議に思った。
普通は好きな人には自分を良く見せたいと考えるんじゃない?ダサいところは見られたくないんじゃない?
でも、何でだろ。遼一さんにはむしろカッコ悪い所を見て欲しい。大体初対面はすっぴんだったし。今さら見られて困るものもない。
ならば、自分の全てを見て欲しいと思う。
自分は少し変わった。どう変わったのかは解らないけれど。彼に出会ってから美穂は望むようになった。願うようになった。
欲望にほんの少し忠実になってきたのだ。これまでの人生は妥協と諦め、羨望と自己嫌悪の連続だった。
それは、恥をかくのが極度に怖かったから。目立たずひっそりと植物のようにしていれば傷つける事も傷つけられる事もないから。
だけど自分は変わった。
最初から相手の内面を見ようとする遼一なら見栄を張らずにすむ。どうせすぐに見抜かれてしまうのだから。
夢はただ願えば叶うものじゃない。傷ついてもいいから前進しよう。ちょっと怖いけど、少しずつ。望む。願う。欲する。
私を見て…。遼一さん。