「どうだ、少しは仕事に慣れたか?」
まるで部下を気遣う優しい上司のようである。王子は面食らって一瞬言葉に詰まったが、「おかげ様で…。」と、よくわからない返事を返した。
「ボールが役に立っただろ?」
「あ、うん、それはとても。今日もジーナの傷を回復することができたし。」
「お前はこいつと馴れ馴れしくするな。それに、ボールはなるべく使うなと言っているだろう。」
ジーナは苛々とパンをちぎり、口に放り込む。怒りで味も何もわかったものではない。ただでさえ打開策の見えない状況で、ラドラスの存在はジーナに余計な圧力をかけていた。
しかし王子は苦笑したまま、何も言うことができなかった。
事実、ラドラスがこっそりといくつか余分にくれたボールのおかげで、王子は徹底して回復役に回ることができ、ジーナに存分に戦ってもらうことができたのだ。それに、王子はどうしても気の良いラドラスを心から嫌ったり、避けたりすることができなかった。
統治権を得ている辺り、ラドラスは元々、囚人たちのリーダーのような役割を担っているのだろう。それにしても、ラドラスは他の囚人たちから絶大な信頼を寄せられ、慕われていた。何度も他の囚人が声をかけに来て、その度にラドラスは彼らと楽しげに言葉を交わしている。それもラドラスの気さくな性格や、どこか人をひきつけるカリスマ性などに起因しているのだろう。
しかし、王子がラドラスを敵視できないのには、他にもちゃんとした理由がある。
爽やかに笑いながらジーナをからかって楽しんでいるラドラスに目を向け、王子はわずかに表情を曇らせた。
何故それに気づいてしまったのか、自分でもよくわからない。それはこんな状況で考えるにはあまりに不謹慎で、しかしラドラスの真意を推し量ろうとする以上、避けては通れない道だった。
(ラドラスの本当の狙いは、もしかしたら――。)
その事実は、美香や耕太にいつ合流できるかわからないという不安と、同じくらいの暗さで王子の心を覆っていた。
スクルの城跡前に、一つの小さな影が佇んでいた。
ミルバである。
ミルバは大きなマントを頭からすっぽりと被り、そよとも動かずに半壊した城を見上げていた。
崩れた白壁に夕日が斜めに射し込み、どこか哀愁を漂わせている。ここは以前、ミルバの城だった。――舞子に捨てられる前までは。