「あら、…凄い事になってますのね、うふふっ」
「いらっしゃいませ、…あ、青蘭さん、お久し振りです。 …その、今ちょっとお席の方が……」
「わたくしは特に急ぎませんから、ベンチでお待ちしてますわ」
「大変申し訳ございません、空席が出来しだいご案内致します」
江藤由佳が辞め、入れ違いに品川恵利花と小坂雛がコルスに加わってから半月ほど過ぎた頃、店は未曾有の忙しさに見舞われていた。
もともとコルスは女性客がメインだ。
デザート類は甘さを上品に抑えたオリジナルで、店内の雰囲気もちょっと洒落た感じ。
オーナー手島美和の意向で駐車スペースを広めに取り、運転に自信のない人でも余裕で停められる様に工夫がしてある。
ま、要は美和自身の好みに合わせてある訳だが、その、気軽に入れる雰囲気が女性のお客さまに受けていたのは間違いない。
「大変長らくお待たせ致しました。 さぁ、こちらのお席へ」
「有難う。 …あら?
あのお嬢さんは確か…」
「ああ、エリカの友人で小坂さんですよ。 あの子が何か?……」
「確か、恵利花さんのお友達はもうおひと方いらしたわね?」
「ええ、良く覚えてらっしゃいますね」
「ちょっとお耳を貸して下さる?」
「はい?何でしょうか」
李青蘭がこっそり耳打ちしてきた言葉は、俺(倉沢諒司)の疲れた脳髄に強い衝撃をもたらした。
『あの小柄なお嬢さんと、もう一人のおっとりしたお嬢さんは、…天使の魂を持ってらっしゃるわ』
「ほ、本当ですか!」
「ええ、… ですから、手をお離しになって?」
「あ、……ああ、すいません、とんだ失礼を」
俺は無意識のうちに青蘭の両肩をひっ掴み、穏やかな笑顔を、唇が触れてしまいそうな程の至近距離で見ていたのである。
改めて青蘭に詫びた後で、その内に〈時の回廊〉に顔を出す約束をして席を離れた。
先程のひと幕を気に留めた者は誰もいなかった様で、多少ホッとしていた。