「旦那様、まだお休みなの？」
「そうだよ、夜のお勤めでお疲れになられているのだ。起こしてはいけないよ、いいかい？今日はお勤めはお休みだから、安心してお休みになられているのだろう」
「でもぉ…もう、お天道様は高くなっているんだし」
「さよ坊、旦那様を起こしに行ってはいかぬぞ」
「はーい…」
年は十五歳位の少女と好々爺が土間で話をしている。二人は在る武家屋敷に奉公している使用人である。
「さて、昼餉の用意をせないかんのぉ…」
「そうだね、爺っちゃん」
「ふむ…」
二人の話し声はこの屋敷の老婆女に聞こえていた。その老婆は身形は大変良く、奥に通じる廊下を静かに早足で歩いている。そして、ある一室の前で歩みを止めてから廊下に座り込んで中に居る者に問い掛けた。
「龍之介、入りますよ」
襖を開けて中に入ると、一人の若い男が布団で眠っていた。
「龍之介！何時まで寝ているのですか！」
老婆の声で若い男は目が覚めて跳ね起きた。
「母上…」
彼は老婆に向かって顔を引き攣らせながら言った。この老婆は彼の母親であった。
「情けない！なんと言う恥さらしな姿なのですか！」
彼の母親は畳の上で説教を始めだした。彼は布団の上で正座をして母親の説教を大人しく聴いている…口答えもせずに黙って母親の説教を聴いた。
母上の説教は長いし…口答えをすれば、一層長くなるから大人しくしていよう…彼はそう思いながら、大人しく布団の上で正座をして説教が終わるの待ちわびた。
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