半次郎への関心が薄れていた段蔵が、彼の言動に興をしめして注目していた。
その段蔵に視線をむけ、半次郎は粛々と持論を語り続ける。
「貴方は組織に身をおきながら、いつも孤独の中にいた。
誰からも理解されず、理解されようともしなかった貴方は、ただ闘いの場だけを求めて一人彷徨い続けていた。
その生き方に流狼を感じたからこそ、あの頃の私は貴方に惹かれたのでしょう」
流狼、それは敬愛する後藤半次郎が教えてくれた言葉であった。
群れをなさず、ただ一匹で山野をさすらい続ける狼をそう呼び、乱世の風を嫌って各地を彷徨い続けた自分もその狼と同じであると彼は語った。
「…乱世を終わらせるという、オマエの使命はどうする気だ?
戦乱の終結を急ぐために武田と上杉を共闘させるのならば、おそらくオマエの存在が鍵となるはず。
だが、今ここであの男と闘えば、オマエにまっているのは確実な死だけだぞ」
シャンバラのいざこざで半次郎を死なせるわけにはいかない、ノアにはその想いがあった。
問われた半次郎は段蔵と正対したまま、自嘲ぎみに笑みをうかべた。
「…武田と上杉は同盟せずとも、互に潰し合いさえしなければそれでいいのかもしれません。
然すればそれぞれが各地の制圧に動き出し、いずれはこの国を二分する勢力となるでしょう。
そこで和平なり緊張関係なりが築かれれば、この国は安定するはず。
ならば、両家が争う愚を双方に伝えた今、私の役目は終ったのかもしれません」
武田と上杉を同盟させる、それは両家に所縁が強い自分の利己ではないのか、川中島以降の半次郎にはそう考えるようにもなっていた。
更には、信玄と政虎の対立が価値観の違いや矜持からだけではなく、自分に対する実父と養父の心情が複雑に入り組んでいると気づいた半次郎は、自分がいない方がいいのではないかとの考えもあった。
「……小僧っ!」
半次郎とノアの会話に割り込むと、段蔵は苦無を手にした。
その動きに全神経を集中させ、身構える半次郎。
だが段蔵は、その眼前から安々と姿を消した。
幻術ではない。
その早過ぎる動きに、半次郎の視覚能力がついていけなかったのである。