耕太は急に寂しくなった。まだ十二歳の耕太には、思い出の数自体少ないはずだが、昔のことがやけに懐かしかった。
美香と舞子と耕太の三人。何も気にせず、無邪気に笑い合っていた時が、確かに存在したのだ。
(結局は、舞子が力に目覚めたせいか。)
そこからすべては歪み、崩れていった。舞子が美香を見る目は、日に日にきつく、尋常じゃなくなっていった。
あれは、舞子が力に目覚めたあの頃は、ちょうど舞子が小学生に上がってから、半年くらいが過ぎた頃ではなかったか。
耕太の頭にちりりと何かが焼け付いた。今、何かを思い出しかけた気がする。
そうだ、あれは確か夕暮れ時のことだった。烏が寂しく鳴き、真っ赤ににじむ空を黒い点のように舞っていた。舞子は一人で学校の中庭に座り込み、うなだれている。たまたま耕太がそこを通りかかり、声をかける。少し話をして、そしてその時舞子は、美香のことを――。
「っ!」
耕太は動きが止まっているのに気づき、慌てて半歩下がって再び剣を構え直した。片手に持ち替え、先程と同じ動きで剣を振る。
ダメだ。集中力を欠いたら、美香の姿が元に戻ってしまう。
(でも……、でも、そんなはずねえよな?)
今思い至ったことが、あまりにあんまりで、耕太はぶんぶんと頭を振った。
そうじゃない。舞子はただ、どうしようもなく我が儘で、姉に迷惑ばかりかけるダメな奴なんだ。
そう思っていなければやり切れなかった。耕太は美香の味方で、舞子を止めるためにこそ行動しているのだ。
(“真セカイ”を守ること、……美香を、守ること。俺がやるのは、その二つだけでいい。)
耕太はそう結論づけた。
余計なことは後回し。耕太の良いところであり、悪い癖だ。考えることを放棄すれば、それだけ心は軽くなるが、真実からは遠ざかってしまう。
しかし耕太は、そのことをよく理解していなかった。
ただ、前より明瞭になった視界で、今度こそ本気で集中して、稽古を続けた。
ジーナは汗を拭いながら、強制労働施設の石廊を歩いていた。
一階に戻ると、空気はいつの間にか湿り気を帯びていた。夕方頃から天気が崩れ始めたせいで、夜の帳が降りると同時に、雨が降り出していたのだ。
ざああと細かく打ち付ける雨の音が、優しく鼓膜を覆う。明かり取りに据えられた松明の炎が、疲れた身体をじりじりと照らしつける。