「椎矢!!」
今まさに校門を出て行こうとするななを呼び止める。
彼女が振り返る。
なのに僕は何も言えない。
虚しいくらい言葉が見つからない。
ななは首を傾げる。
「先生?何ですか?」
まだ何も言えない。
確信したわけじゃないから。
彼女が【虐待】にあってるんじゃないかという。
「き・・・気をつけて帰れよ。」
「?・・・はい。」
どうしようもない歯痒い気持ち。
職員室に戻った僕は彼女の家に電話をかけた。
3回目のコール音ですぐに女の人の声がした。
若い。
「はい?」
「高校でななさんの担任をしてます、な・・・。」
「ちょっと待って。なな呼ぶから。」
「いえあの・・・。」
「何です?」
僕は冷たい電話越しの女性の声に少し戸惑う。
「お母様でしょうか?」
「まー・・・どうだかしんないけど。そうじゃない?立場的に。」
とげのある口調。
「ななが何かしたんですか?」
「いえ、あの。」
聞いていいんだろうか。
「ななさんの身体にある傷の事なんですが・・・。」
「あぁ。あれ?あれは別に。あたしがやったんだけど、何か?」
あまりにもあっさりした言葉。
「あれはうちの育て方なんだから何も言わないでくれる?」
「・・・。」
「あたしも大変なのよ。アイツ、別にあたしのコドモじゃないしぃ。」
「失礼・・・しました。」
僕は次の言葉を聞くのが怖くて電話を切ってしまった。
受話器を置いた手が震えた。