「いらっしゃいませ」
何てことのない買い物だった。 そう、いつものショッピングセンターの一角の、たまに覗きに行っていた何てことのない店。
「いつも来ていただいてますね。」 「はい。」 初めて交わした言葉だった。
「パパ、おもちゃ買いに行こ。」
「すいません、また来ます。」
十代で結婚、二十歳で父親になって、二十六になって久しぶりに胸がときめいた。
「パパ、愛ちゃんお風呂に入れてあげて。」 「パパ?」
「えっ?」
「どうしたの? ボーッとして!」
「いや、ちょっと疲れててさ…」
吉澤亮一 26歳。 娘の愛美は幼稚園の年長さん。 奥さんの由美子は姉さん女房のしっかり者。 どこから見ても幸せな家族だろう。
「ちょっと買い物に行ってくるよ。」
休み毎の口癖が出来た。 妻は何処に行くの?とも聞かない。
出掛ける先は妻もよく行く店。
「いらっしゃいませ。今日はお一人ですか?」
いつもの笑顔を見て、ほんの30分程で店を出る。
「買い物に行く」と言った体裁上、いつもほんの小さな何かを買って、ほんの少しの会話をして。
いつか名前を聞こうと思って、3ヶ月が過ぎた。