「ふぅーっ…」
やっと残業が終わり、大きく息をついて帰りを急ぐ。
今日は週末で彼女が泊まっていく日だ。
アパートの玄関を開けると、もう彼女は御飯の仕度を終えるところだった。
「ただいま。」
「おかえり。」
「優子、明日何も予定ないよね?」
「うん。どうして?」
「はい、これ!!」
「何…?」
僕が手渡した封筒を開けた優子は、
「うわーっ!!」と大はしゃぎした。
『久保田利伸 全国ツアー・名古屋公演』
「えぇっ! 明日!?」
「うん、プチサプライズ」
僕がそう言い終わる前に、彼女は僕に抱き着いてきた。
翌日、僕達二人はライブに出掛けた。
往きの車の中からテンションは上がりっぱなしで、
「この曲唄うかなぁ?」
「これも聴きたいよね」
「やっぱりあの曲はやるよね?」と、あれこれ言い合った。
ライブも終盤に差し掛かり、全ての照明が落ちた…
暗闇の中で、静かに『Missing』のイントロが流れた。 それまで一緒に歌い一緒に弾み一緒に体を揺らした観衆が、一瞬で静寂につつまれた。
1万人を越える人の中で、その時は確かに二人だけの世界だった。
僕達はどちらからともなく手を繋いでいた。
自分でも気付かぬ内に、一筋の涙が頬を伝った。
彼女を見ると、
優子もまた同じように涙を流していた。
繋いでいた手をそっと外し後ろから彼女の頭に回すと、彼女は何も言わずに僕の肩に額を押し当てた。