「由美、美和のこと覚えてる?」
由美と夕食を供にしている最中、えり子が由美に聞いた。
「うん、覚えてるよ〜。大学時代のサークル仲間だし、えり子ともよく遊んでたしね。美和がどうかしたの?」
「しばらく、連絡途絶えてたんだけどさ…、この間偶然見かけたんだよね」
「本当に?どこで?何か言ってた?」
「あのね…」
えり子は、少し言いにくそうな表情をしていた。
「どうしたの?何か話したんでしょ?」
「ううん…」
「なんで?」
「あのね…美和まだ歌ってたんだよね。まだ諦めてなかったんだよ。路上ライブやってたんだ…だから話しかけられなかった…」
「美和が…まだ、諦めてなかったんだ」
美和とは、由美の大学時代に、フォークソングサークルで、同期だった唐木美和のことである。
由美とコンビでライブをしたことや、1人で、仲間内でのライブもしていた。
その歌唱力は、誰もが認めていたが、卒業間近に、プロを目指していることを明かされた。
だが、チャンスに恵まれず、そのうちに2人とは、連絡が途絶えていた。
「美和は、もともと、音大に行きたかったんだよね…でも、合格出来なくて、合格してた私の大学に来たんだ。…わかるなぁ〜。なんとか 夢を掴みたいって気持ち…」
「うん…でもね、美和の歌ってる姿…なんか悲しそうでね…曲は、希望や愛を歌ってるんだけどさ」
「悲しそう?」
「うん。なんか、やりきれないような表情ってゆうか…」
「そう…」
「ちょっと離れたところでやってた人達は、人が結構集まってた…テレビでも取り上げられたらしいし…」
「美和の歌聞いてる人はいた?」
「みんな、その人達の方に行くんだけどね…、たった1人だけ聞き入ってる人がいたよ。MCもなくひたすら歌う美和のスタイルにずっとね…
1人で拍手してた。美和も何も言わずに、おじぎしてた」
「そう…美和は、物静かだったらね。そのスタイルは変わってなかったんだ…2人でやってた時は、『ありがとうございます』って、すごくシンプルだった。今の音楽界って、歌以外の要素も求められるじゃない?そこが不器用だったから…でも、そんな美和を認めてくれる人もいるんだね…」
「うん…でもこんなことも言ってた『きっと、心から歌えてない』ってつぶやいてた」
「心から?」
由美は、一瞬疑問に思ったが、自分もそう思ったことがあった。