電車に乗った2人は、しばらく俯いていた。
アキは、カズヒロが泣いている意味が分からなかった。
『…どうして泣いているの?』
聞いても聞いても、
「大丈夫」
と答えるばかり。
『…タクヤさんに、何か酷いこと言われたの?』
そうだよ。図星。
一番怖いと思ったのは、おもちゃにされそうなアキが、この事実を知らないこと。
すると、アキはカズヒロの手を握った。
『最初で最後の…デートなんだから、泣かないで…。』
アキ自身、これを伝えるべきか悩んだ。
カズヒロが、もっと悲しんでしまうのではないかと思ったから。
『…私…楽しみにしてきたんだから…。』
アキも、もらい泣きしてしまった。
数人しか乗っていない電車の隅で、2人は泣いていた。
カズヒロの頭には何度も、『俺は東条アキの彼氏。』
『耳が聞こえない女は最高。』
あのタクヤの言葉が、焼き付いて離れず、そして、カズヒロの心を傷つけた。
あの人はアキに、何をしようと企んでいたのだろう…。
考えただけで、胸が苦しくなってきて、涙も止まらなくなってきた。
でも…アキを楽しませないといけない。
カズヒロはこの思い出を自分の心の奥に封印するしかなかった。