「幸太,行くよ」
庄司は勢いよく焼酎を飲み干した。
「じゃあな,東條。幸太,代行も頼む」
「ああ,そう思ってさっき呼んどいたからもう着くだろ」
「わかってるなー!助かるよ。外で吹かしながら待つわ」
庄司は会計に席をたった。
再びミナミさんと目が合った。
「庄司君のことよろしくね」
最初から最後まで突拍子もないことを言う人だと思った。
そもそも私自身,庄司のことを好きなのかどうかわからない。庄司だって同じだろう。
私たちは出会った時からここまで,本当にただただ自然な流れで辿り着いてしまった。
これを惹かれ合ったというのだろうか…。いまはまだお互いにわからない。
「行こうウサ」
もはや庄司はミナミさんを見ようとしなかった。
私も庄司の背中を追い掛け,店を後にした。
大将の店からタクシーで15分程走ると,街灯の少ない路地裏に着いた。
「ここでいいよ」
庄司がタクシーを停めた。
タクシーを降りるとネオンに照らされた煉瓦造の建物を目の当たりにした。
"WHITE MUSK"
確かに柔らかいヴェルヴェットの香りが店内をたちこめていた。
「トシオはいないみたいだ」
入ってすぐ左側のテーブル席に私たちは座った。
「それで,ウサ。お前は何してあの日大阪にいたの?」
「そっか,そこから話さなきゃいけないんだね。結局あの日はタクちゃんの仕事の話で終わっちゃったもんね。」
「ほんとおかしな話だよなー。赤の他人同士で世間話だけでここまで付き合いが続いてるなんて。」
「たいした理由じゃないよ,ただの気まぐれ」
庄司はあの日に遡って話し出してみたが,私が答えたところで話は尽きてしまった。多分庄司は焦るまいと順序だてたかったのだろう。だが,それ以上にお互いに"真実を知りたい"という衝動を,お互いに抑え切れなかった。
「…タクちゃん結婚してたんだ?」
「ああ,22の時に。できちゃったしな」
「じゃあリサちゃんは21才?写真あるでしょ,見せてっ」
予想外に普通な振る舞いの私に,庄司は明らかに戸惑っていた。
「…私も結婚してたの。正式に別れたのはつい2週間前。本当は先月末には別居してたんだけどね…。」
庄司は瞬きもしないで真剣な眼差しを逸らさなかった。
これ以上私が和人のことをあれこれ話す気がないことを察してか,庄司はグラスに目を移した。
「だからか」
突然庄司は私の顔を覗き込んで言った。
「俺ウサの笑った顔見てみたい」
−オマエニナニガデキル?−