時計は2時を迎えようとしていた。
「あ!"テヒ"予約すんの忘れたー…もう,ウサ待たせてると思って材料屋から直行したら忘れたんだぞ」
どうしようもない言いがかりに少々腹はたったが,そもそも待ち合わせ時間も決めてなかったのだから,待ったも遅れたも言いようがない。
「そらそら,困ったね…私も"テヒ"見たい!」
「…だめだよー!家には入れないからー。」
「見たらタクちゃんの車の中で寝て帰るよ」
「は!車の中もだめだから…!」
庄司の瞳は揺れていた。"迷い"なのか何なのかまだ私にはわからない。
「…タクシー呼ぶよ」
「待って!」
"デジャヴだ"とお互いに思っただろう。その時庄司はあの日の私の行動も"それ故"だったと理解した。
「…他の男ども同じようにはいかないぞ」
「知ってる」
「人肌恋しいのはわかるが,人肌だけじゃ寂しさは埋められないぞ」
「知ってる」
もはや私の返答は屁理屈だった。
庄司の中の本能的な部分で私を拒み切れないこともわかっていた。
「…見たらさっさと寝ろよ」
「わかった」
庄司はジッと睨んで席をたった。
「トシオによろしく伝えてくれ」
「タクちゃん代行は?」
「こっから近ぇから乗って帰る」
庄司の言う通り,細い路地裏を幾つか通り抜け,10分程で庄司の住むマンションに着いた。
「お前明日は休みか?」
「うん,年末だからお休み」
庄司は1階右側の角部屋に住んでいる。
私の予想よりも遥かに庄司の部屋は綺麗だった。
庄司に促され通された居間には,足を投げ出して寝転がれる大きなソファーと,亀山モデルと呼ばれる大きな薄型テレビが置かれている。
贅沢にも毎晩,ここで"テヒ"を拝んでいるようだ。
「俺はここで寝るからお前はベッドで寝れ」
庄司の指差す方,廊下の左側には寝室がある。独り暮らしの癖して,ダブルベッドで寝ているようだ。
仮にも突然転がり込んで来た身分で,家主の寝床を拝借するのは気が引けた。
「いいよ,私ここで寝るから,タクちゃん向こうで寝て」
「てか,"テヒ"始まってるから!見てから寝るよ」
"テヒ"を見たいと言って押し掛けたにも関わらず,お酒も入って随分気持ち良くなっていた私は,いつのまにかソファーに横たわって眠ってしまった。
「スー…」
「ほらなー…思った通りだ」
庄司は静かに溜め息をつきながら言った。
庄司のヒタヒタという足音が遠退いていくのは微かに聞こえていたが目を開ける気力はなかった。