傭兵をやっている間、僕は何度も死ぬような目にあった。
例えば、刃が喉笛をかすめる瞬間、矢が音を立てて耳元を通り過ぎる時。僕は激しく高揚する。
死が隣り合わせにある程マリアを近くに感じる。
そして敵を蹂躙する時、僕は生者であり勝者であり強者である自身の尊厳に打ち震える。
王の気分だ。
だがすぐこう思う。
マリアがまた遠くへいった。
僕は地獄行きだろう。
そしてその日は思ったより早くやってきた。
隊商を襲った盗賊の1人が銃を持っていた。
撃った弾が僕の右胸に当たった。
僕は落馬し背中から砂の上に落ちた。
戦いは激化し怒号や喧騒は僕から遠ざかっていく。
ちぇっ、誰も僕を助けようとしない。
行けよ腰抜けども、全員死んじまえ。
妙に可笑しくて笑おうとしたができなかった。
かわりにかふかふ息が漏れ、喉から血があふれ出た。息ができなくて苦しい。
撃たれた時は右胸が熱かったような気がしたけど今は体中ひどく寒い。
砂が僕の血を吸っていく。
敗者で弱者、じきに死者。
空が青い。太陽がまぶしい。
今は正午だろうか?
誰かが僕をのぞきこみ、僕の顔に影が差した。
マリア。
僕はそう言おうとしたが声にならない。
マリア。
マリア、どうか、僕を受け入れてください。
マリア、お母さん、どうか。
どうか。
マリアは優しく微笑んだ。
「なあ、ここに来る前、砂漠で女と、男の死体を見たぜ。それが普通じゃあない。
俺は慌てて大丈夫かって声をかけたが女はまるで聞こえない様子。
近くへ行こうとしたがちょいと目を離した一瞬で、女も死体も消えちまった。」
「そりゃあなた命拾いしましたな。
あの女はここいらじゃ神の使いと言われてるらしいが、そんな貴いものじゃない。
私の故郷ではあれは悪霊と言われてるんです。」
「なんだ?人喰いかなにかだとでもいうのか?」
「もっともっと卑しいものです。屍肉を食うんですよ、あれは。しかも死にたてを狙ってくたばる少し前から張りついてくる、たちの悪いものなんです。」
「あんな女のなりをして?冗談じゃねえや!」
「確かに女の顔をしてますがね、あいつらがまとってるぼろ布の下、どうなってると思います…?」
僕は幸せだった。
夢が叶ったのだから。
僕の聖母。
僕のマリア。
砂漠の、マリア。
END