あの日見た赤黒い細い三日月
「魔をさしなさい」
と言ってるかのようだった。
久しぶりに行った馴染みのバーで、一組の男女と知り合った。
その時私の胸にはあの日の細い三日月が突き刺さった。
その日から、私たちはよく三人で飲むようになった。
彼と彼女は二人で帰り、私は一人で帰る。
ある日、彼女が化粧室に行ってる時に彼が言った。
「今日は僕と一緒に帰ろう」
何も知らない彼女は彼がどう説明したのか、一人で店を出て、その前に彼が先に店を出て、最後に私が店を出た。
外に出ると、初冬の冷たい風が酒で熱った顔にあたり気持ちが良かった。
歩いていると、急に腕を掴まれた。
彼だった。
「今日は君の家に帰ろう」
何も話さなくても、彼は気づいていた。
一人で帰る私の寂しさと彼に対する私のおさえがたい感情を。
そしてまた私に対する彼のおさえがたい感情を。
「魔をさしなさい」
再びあの日の三日月を思い出す。
そして私たちは恋に落ちた。
急速な恋。
お互いに、魔がさした、というよりも、「こうなる運命だった」と感じる恋。
あの日の赤い三日月は、こうなることを知っているかのようだった。