二話 「蝉、さざめく。」
全く状況が把握できない。
もう平静を保つことは出来なかった。
「なっ、なんなんだよっ!俺を帰してくれよ!」
「悪いけど帰せないわ。今、国は・・・いや、世界はあなたを必要としているのよ」
必要としている、何故かその言葉が深く刺さった。
「必要・・・?俺が・・・?」
「まあ、見てなさい」
隊長らしき人物の号令に合わせて数台の戦車の轟音が重なり、耳を貫く。
弾は確実に巨大なセミに直撃した。
「嘘だろ・・・」
どこからか兵士にしては弱々しい声が聞こえる。
爆発により舞い上がった塵の間から見えるセミは健在だった。
「言ったはずよ、メガインセクトに人間の作った兵器は利かないって」
サヤの言葉を聞いた先ほどの隊長が隊員に慌てて命令する。
「か、火炎放射器用意!」
火炎放射器を手にした隊員たちはセミにゆっくりと近づく。
「発射!」
しかし紅の炎はセミには当たらなかった。
セミがかわしたのではない。
火炎がセミからそびれているのだ。
それと同時に砲撃の音をも遥かに凌ぐ強烈な音が耳を、三半規管を刺激する。
シンヤだけでなくその場にいた者全員が倒れこんだ。
「た、助けてくれ!」
男の叫び声で目を覚ます。
平衡感覚が回復してないため、ふらつきながら立ち上がる。
シンヤの視線の先には尻餅をついた兵士と巨大なセミがいる。
先ほどより近づいて、目前にいるセミに腰を抜かしてしまう。
よく見ると尻餅をついている兵士はさっきの隊長だった。
その隊長を漆黒の、感情を感じない瞳が睨み付ける。
そしてその強靭な顎が隊長を喰らう。
血が吹き出し、言葉に著せない叫び声をあげた後、男は力尽きた。
肉を、骨を引き裂き砕く音が回復しつつある耳に入る。
食べ終えた怪物の黒い目玉が次の獲物を探す。
こっちを見るな・・・!
こっちを見るな・・・!
セミと目があった。