死人を前に、尊厳を着せ、泣く儚さも見当たらない。可哀想だが、死んだ人間の無念を、如何に晴らすかだ。怨霊となって甦った原発は、たちどころに死者の怨念だ。死者の魂が取り憑き、異変に次ぐ、異変で、人間の住める場所ではなくなった。
それなら逃げるしかない。何から逃げるのか。故郷から逃れ、故郷を捨て、牛同然の暮らしの中でしかなかった故郷が、津波で粉々だ。木っ端微塵に、腐り果てた船乗りは、新しい沖へ出る。逃げ場を失った放牧のようだ。海岸で塩水を舐める牛の姿だ。
塩水だけで牛は生きて行けない。人間が手を差し伸べないで、何が尊厳だ。不確かな中に損得を着せ、欲望と闘う牛の赤旗リレーだ。闘牛場へ追いやられた東北関東大震災は、知恵と認識を必要とする。認識もないまま知恵だけで遊ぶ、愚かな人間の姿が牛とダブったのだ。