半次郎は完全に段蔵の姿を見失っていた。
だか、その意識とは裏腹に、彼の身体は右側面へと反応していた。
その刹那、彼の右腕を激痛がおそう。
表情を歪める半次郎。 彼はすぐさま苦無を抜き捨てると、鋭い視線を段蔵にむけた。
その瞳には、動揺の色が僅かにうかがえていた。
うけた傷は浅くはないが、それでも右腕は自由に動く。
致命傷ではない。
だが、今の苦無に毒が塗られていたとしたら。
忍者と呼ばれる種の者がこの戦術を常套手段としていることを、半次郎は知っていたのである。
その憂いを見透かすように、不敵な笑みをうかべる段蔵。
「…毒なんか塗っちゃいねぇよ。
そんなもん使ってたら、せっかくの楽しみが台無しになるからな」
段蔵にとって重要なのは、戦闘の結果ではなくその過程にあった。
生と死の狭間にあってこそ、彼は闘いに己の存在意義を感じるのであり、結果だけをもとめる戦闘などは、退屈なだけの任務でしかないのである。
この攻防を傍観する羽目となったノアは、その冷静な面持ちの奥に苦い思いを忍ばせていた。
彼女は自分への攻撃は無論の事、半次郎にむけられる攻撃にたいしても、最大級の警戒をはらっていた。
にもかかわらず、半次郎にむけられた苦無手裏剣を、彼女はとめることができなかった。
段蔵の実力を見誤ったと、ノアは認めざるをえなかったのである。
先刻の戦闘において、段蔵は半ばほどの力で闘っていたと、ノアはみていた。
だが、彼女が目で追いきれぬほどの動きをしてもなお涼しい顔を崩さぬところをみると、今がその半ばの力なのであろう。
そして、半次郎はその攻撃に反応してみせた。
ほんの少し身を翻しただけではあったが、それがなければ苦無は腕の筋を断ち切っていたはずである。