浦賀工業を手玉に取った哲哉は、ベンチ内にて他の仲間達とともに帰り支度をしていた。
そんな中、一人無表情に浦賀工業ナインを見つめる八雲に気づき、語りかける。
「どうした?
強豪相手に完封試合をしといて、随分と浮かない顔してるじゃないか」
「…浦工を完封したのは野手のみんなだ、オレの功績じゃねぇよ」
視線をうつさぬまま、八雲はこたえた。
「……浦工の野球は、ただ勝つことだけに執着したものだった。
そんな野球をしてて、あの人達は楽しいんだろうか?」
この試合で大澤は三打席の敬遠をうけていた。
八雲はその事に対して憤りを感じたが、闘い終えた今はそれが憐れみの感情へと変化していた。
これにこたえる哲哉も同じ様に浦賀工業ナインへと視線をむけた。
「…聖覧を三宅監督が指揮するようになってから、浦工は十年近く甲子園から遠ざかっているんだ。
その十年もの想いを背負うあの人達は、勝つことを第一に考えて野球をしなければならなったんだよ」
試合前の情報収集により相手の内情を知り尽くしていた哲哉は、憐憫の情をこめてそう語った。
哲哉を一瞥した八雲は、再び浦賀工業ベンチに視線をもどした。
「……甲子園にいったって、する事は同じ野球じゃないか」
悲しげに語った八雲にとって、この球場でする一試合と甲子園での一試合に、質量の違いは微塵もなかったのであろう。
そう感じた哲哉は考えずにはいられなかった。
もしも小次郎が生きていたのならば、八雲にとって甲子園は特別なフィールドで在りつづけたのだろうかと。