「お兄さんはどうしてこんな田舎に来たの?」
30近い俺が、『お兄さん』なんて呼ばれて、少し嬉しかったが顔には出さなかった。
「あ…名前、円藤です。円藤、裕司。これ名刺です、どうぞ。」
「そう、円藤さん。ありがと。至って平凡な感じの名前ね、ふふっ」
「そんな…ほっといて下さいよ。確かに顔も平凡ですが。」
「言って無いよ、そんなこと。」
「まぁこんなんでも僕は県立大学の講師をしてまして…」
「へぇ、先生なの。通りでYシャツが似合うね。」
「はは、どうも。
専門は情報系で、今回は農村での孤立高齢者を救うためのシステム研究で、ネット環境の調査に来ました。例えば、インターネットで買い物に行けないお年寄りに宅配サービスが出来たり、安否確認のメールが届いたり、色々と便利になるんですよ、ネット環境があると。そのためには…」
「……。」
気づくとサエさんは窓を見ていた。
「あの、聞いてます…?」
「え?ごめんごめん、よく分からないけれど、ご苦労様。」
彼女は大らかに、にっこりと笑った。
何だか全部が許されてしまいそうな笑顔だ。
お茶の代わりに出された林檎ジュースを一口飲んだ。
市販のものより華やかな香りが広がった。