辺り一面、緑一色の草原に僕は立っていた。見渡す限り草原が広がっている。生物らしきものは他に見当たらない。僕はどの方角ともわからないまま、歩き出した。草原に変化は見られない。ずっと同じ景色が続いている。だが、なぜか見覚えがある景色だった。ふと、視界に人影が入った。すぐに焦点をそちらに合わせる。
よく知った人。忘れるわけにはいかない一人。彼女は表情もなくこちらを見続けている。
「夏来…」
僕はただ一言、名前を呼ぶことしかできなかった。
僕の…妹だ。仲は悪くはなかった。たった一人の兄妹。そして、僕が守れなかった妹。
「大丈夫。お兄ちゃんなら出来るよ。」
名前を呼んで少したった時、夏来は一言だけしゃべり、微笑んだ。
…
朝日が目に染みる。最近はよく夢を見る。懐かしい言葉だった。
まだ僕がピアノを習っていたころの発表会。
緊張のあまり、僕は本番前、集中が全く出来ていなかった。
失敗に対する恐怖、ただでさえ、人前で弾くことに慣れていないことも理由だった。
心がズブズブと沼に沈んでいた僕を勇気づけたのがあの言葉だった。
たいしていい言葉でもなんでもないが、あのときはなぜか気が楽になったのを覚えている。
けど、今の僕にはなにが出来るんだろうか?
いや、夢のことをなに真剣に考えてるんだろう。