チッと舌打ちをしかけたその時、脇道から踊り出た白の乙女が、美香の上に飛び掛かると同時に催眠粉を振り掛けた。
「!」
まともにそれを喰らった美香は、よろり、と足首が折れ、地面に崩れ落ちる。レミはほっと息を吐くと共に、少しだけ相手の乙女を妬ましく思った。それほど名誉欲があるわけではないが、手柄を横取りされた気がしたのだ。
「シド、到着早かったわね」
「ああ、近くの通りにいたものでな。捕獲できてよかった」
短い髪をかきあげながら淡々と言うと、シドは俯せに通りに倒れている美香の脇に手を差し込み、軽々と引き上げた。
少女はぐったりと身体から力が抜け、固く目を閉ざしていた。未だ幼さを残した顔に長い髪がサラサラとこぼれ、それがなぜか憐れを誘う。
(……同情なんてしてあげないけどね。あたし達にとっちゃ、舞子様がすべてだもの)
そう思いながらもレミは、「悪く思わないでちょうだい」と、誰にも聞こえない程度の声で美香に向かって呟いた。
それから、くるりと身を翻し、美香を背負ったシドを先導するように、城の方へと目を向けたが――。
「え……」
そのまま大きく息を呑んで、固まってしまった。
――通りの少し先には、美香が立っていた。
レミは思わず瞬きを繰り返し、目を擦る。それでも美香の姿は消えず、慌ててシドを振り返れば、その背中にはやはり美香がいた。
シドもまた、こぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いたまま、あんぐりと口を開けていた。
「どうなっている…!?なぜこんなにも大勢――?」
その言葉を不審に思って、もう一度注意深く前を見ると、そこにいる美香は一人だけではなかった。
正しくは、「そこには美香しか」いなかった。
街の住人が全員消え、代わりに大勢の美香がラディスパーク中にひしめいていた……。
「……どうなってるの……!?」
自力で耕太を捕まえたソラは、歯ぎしりして呻いていた。目の前には耕太で埋め尽くされたラディスパークの街が広がり、しかし掴んでいる腕の主を見下ろせば、そこにもやはり眠る耕太の姿がある。
しかし冷静なソラは、それらが耕太でないことをすぐに見抜いた。これは、幻影だ。今一緒にいる耕太を捕まえれば、街の住人全員が耕太の姿に見えるようになるよう、想像の力で罠を張っていたのだろう。