「なんじゃ、また諦めるのか。」
一度聞いたことのある声が頭に響いた。
それと同時に戒を取り囲む世界はみるみるうちに変わっていく。
目に見える全てのものがその色を失い、目に見える全てのものがその動きを止める。
唯一の例外を除いて…。
戒の目の前のソファー、強盗が座ってるその隣に唯一色鮮やかな存在はたたずんでいた。
戒が初めて池見にあった日の帰り、土手で見た少女だった。
銀色の髪に赤いルビーのような瞳。
西洋の貴族のように色鮮やかなドレスを身にまとい、扇子を手に我が物顔でソファーに座る。
だが、その存在、その光景はあまりに幻想的であった。
それゆえ戒はこれが現実なのか夢なのかわからなくなった。
だが、それでも…
「なあ、あんた!明を助けてくれ!この状況をなんとかしてくれ!」
戒は必死に助けを求めた。
この少女が何者でこれが現実かどうかなんてどうでもいい…
ただ今の状況が変えられるなら。
「助ける?わらわがか…。」
赤い瞳が戒をにらむ。
「それは無理な話じゃな。わらわはこの世界に物理的に干渉することはできん。」
少女はつまらなさそうな顔をして扇子で顔を隠す。
「それよりも…」
再び赤い瞳が戒をにらみつけた。
戒を責めるような眼で。
「貴様、何故諦める?何故わらわに頼る?何故自分でなんとかしようとしない?!」
この少女は状況が見えていない。
戒の無力さがわかっていない。
だからそんなことが言えるのだろう。
戒はそう感じた。
「俺にはもう…。俺の声じゃあいつはもう立ちどまらない。俺の魔法じゃ、縄を切ることは出来ない。俺は無力だ…。」
そう。 精一杯やった。
出来る限りのことはやった。
これ以上は無意味だ。
状況を変えるには自分はあまりに無力なのだから…。