僕が初めてオバケに声をかけたのが8月の半ばで、それから6ヶ月が経ち、季節は冬になった。
外では蝉も鳴いていなければ、木々に赤い葉も付いていない。
その日、いつもの居酒屋は珍しく客でいっぱいだった。
オバケはまだ来ていないようだ。
「こんばんは」僕は店のオヤジに話し掛けた。「今日は混んでるね」
「いつもこうだといいんだがね」
ほとんどの客は楽しそうに酒を飲み、店の中はそういった雰囲気で満たされていた。
時計が今日の終わりを告げる時刻になると、客たちの半分以上は覚束ない足どりで、帰宅の途についた。
彼らが店の戸を開けるたびに、冷たい空気が入ってきた。
店の中の客は、ついに僕だけになった。
戸が開き、冷気と共にオバケが入って来た。
「日本酒と焼き魚」オバケは言った。「おすすめの魚を焼いてくれ」
「あいよ」
魚を焼くいい匂いが店中に広がった。
今日は随分遅かったな、とオバケに言った。
「俺にだって」日本酒を一口飲んだ。「用事の1つや2つくらいあるさ」
そういうとオバケは少し笑った。